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2009年7月 3日

25歳で初挑戦

人生初めての選挙で座談会にて 当時25才の泰秀。

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「それら全てのおかげで今がある。」

幼少期にはひざの上に兄弟2人姉と私に「お前はわしのなんや?」と聞き、姉は「宝」私は「命」と答えさせていました。今考えますと、同じことを自分の娘にもさせています。そうして愛情たっぷりに私たちを育ててくれた親父に、そして母親に感謝しています。 

自民党政務調査会 現在国防部会長航空自衛隊百里基地でファントム戦闘機に試乗する幼き日の泰秀

また不思議なもので「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉があるとおり、私自身が選挙に出る時どうしようかと思っていたら「長い間、あんたとこに世話になったんよ!」ですとか、「倅さん、あんた3代目で出るんやったら喜んで応援するよ!」と言って下さり、自分の仲良しの色々な人に頼んで、協力して選挙事務所を設けるのにお手伝い下さったり。電話回線を引くことになったら、電話配線を生業にしている友人が「よっしゃ~ボランティアでやったろう!」って言ってくれて、破格の値段でやってくれたり。運動員がいなくて困り果てていたら、ご家族のご友人等を集めて下さったり。本当にみんなが手弁当でやってくれて、なんとか十三淀川区役所前に当時選挙事務所を持つことができました。今となっては貴重な思い出と、たくさんの教訓となっています。 地元の事務所の場所を貸して下さった方も、古沢さんという最近お亡くなりになられた方なんですが。十三に映画『ブラックレイン』の舞台になったサカエマチ商店街という繁華街があるのですが、そこで事業を営んでおられる方が「あんたのためや!がんばりや!」って、本当に親身に応援して下さいました。本当にそうやって地元の人たちや今までのご縁のお陰で、本当の意味で選挙ができて、最初の選挙の得票数が4万3,143票でした。落ちて運動員はみんなボロボロボロボロ泣いてるんですね。だけど私は挨拶の時に「私の不徳の致すところですなんて、よくこんな状況では定番に挨拶している状況を見るけれど、私はそんなことは全く思っていない。それよりも、みんなで頑張って、本当に良くやって努力して、下さったお陰でこれだけの結果がでてきたのに、みんな、なんで泣いてるんや。みんなが泣くとこっちも悲しくなるから泣くのはやめてくれ」と「私はむしろ、うれしい気分ですよ。なぜならば、こんな若い25歳の青年に、中には会ったこともない方々が4万3,143人もの皆様が、大切な1票1票を入れて下さったんだと。私は野球場に全員の皆様を集めて、ピッチャーマウンドから、ありがとうございます!と御礼を言いたい位、すがすがしい感謝の気持ちでいっぱいです!」という話をしたのを覚えています。 しかも選挙中には個人演説会があるんですね。その前に家で親父と会うわけです。親父が勢いよく母のつくってくれた愛情飯を食べている。私はゆっくり食べていたら、親父が「おい泰秀、なんでおまえそんな浮かない顔して飯を食べてんのや?」と言う。私はその時何を考えていたかというと、自分だけが「中山泰秀」と1票書いて投票して、開票の時に自分の1票だけしかなくて、1票で落ちるかと思うと飯がのどを通らない。」という話を親父にしたら、親父が「そうか安心しろ。うちは4人家族やから、4票で落ちることはあっても1票で落ちることはない。」なっ、て言って大笑いで、それが親父の言葉でした。それで逆に元気が出た。そういう政治家の家で育って、いろんなトレーニングを受けてきたこと等が、人生の肥やしになっていると信じています。そしてそれら全てのおかげで今があると思うんです。本当に心から感謝しています。皆様に。そして家族に。