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2009年7月 2日

三代目にして初代的

今期限りで政界引退される小泉元総理と酒を飲みながら最近色んな事を語り合った泰秀。尊敬している。同じ薩摩隼人のDNAを持つ。

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世間は世襲というと、また3代目というと、それだけでなんか甘えん坊で、全部親がお金の面倒を見ていて、「地盤・看板・カバン」が揃っていてというイメージがありますけど、少なくとも私にそれはあてはまらないと思います。もうひとつ選挙の前に親父が言ってくれたのが「泰秀、注意して良く観ておけよ。必ずねじれるから。おもしろいぞ。」と言ったんですね。「ねじれるってなにが?」と言ったら、「ワシを応援して下さっていた方の中にはおまえを応援せん人もいる。ワシの相手を応援していた人たちが、またおまえを応援する。後援者というのはねじれることもあるんだ」と。そうしたら本当にそうだったのです。見事にねじれるんです。100%がそうだとは言いませんが。ですから祖父、祖母、親父、私と続けて応援して下さったのは3~4割の方位じゃないでしょうか。あとはほとんど「おじいさんは好きやったけど、お父さんは嫌いやった」「孫のあんたは、またええわ。じいさんに似て先見性がある。」とか「親父は話が長すぎてしつこかったけど、あんたの話は分かりやすい!」なんて言われる。  でも逆もいるんですよ。「お父さんはええけど、倅はあかん!」とか。そういう人に私は「40年ほど待ってください。親父と私は40歳年が違うから。40年待ってくれたら親父を抜かしますから。」って。そうしたら苦笑いして下さいます。だけど残念ながらそういう性分になっているんです。 まあそんなことで、なんやらかんやらやってこさせて頂くことができました。

半ズボンのスーツで父の留守を守る泰秀 母とともに後援者の皆様にごあいさつ。

この写真なんかもそうなんですけど、半ズボンのスーツを着て、親父が行けないところを母と一緒に回って、私なんかも挨拶をしていたような時代です。こういうことを25歳の時点まで重ねてきてやっているんです。初舞台は旭区の演説会にて3歳でマイクを通じ「今日は父のためにありがとうございました。」と言ったのが最初でした。 祖母はクリスチャンでしたから、数字は神の啓示だとよく言っていたと聞いています。「始終1票(しじゅういっひょう)を大切にしなさいよ。」と。何故、始終1票かというと、祖母が厚生大臣を無事務めた後の選挙で落選をしたことがあるのですが、その時に41票(しじゅういっひょう)差で落選しました。だから41という数字が神の啓示だと。そこから考えると4万3,143票というのは、私にとっては「よみいいよみ」と読めるんです。「よみがいいよみだよ」次頑張れるよ、というそんな感じに。そして復活当選した時の「8万7187票」は「はないいはな」なんです。復活当選だから「いい花が咲くよ」と思えたし。神様がそう言ってくれているんだなって。そして今回当選した時は「13万2,072票」。「いざになふ(う)」と読める。神様から「国のことを、重責をいざ担いなさい」と言われている感じが、そんな使命感がします。数字のそういうご啓示というのは面白いなというのが私の印象なのですが、24歳で初出馬して以来、29歳ですでに3度選挙を経験しました。衆議院を小選挙区1回、比例区1回の計2回。そして3度目が都島区であった補欠選挙。3回苦労しているわけです。4度目の正直で落選して比例復活して初当選。5度目がこの前の郵政解散で、当選させて頂いたわけです。したがって2期6年目を迎えさせて頂いておりますが、初めて挑戦してから14年が経っている。当選する前に8年という辛酸をなめた時期があるんです。すなわち「政治にプロはいない」。常に素人の国民と同じ、そしてその先頭に立って頑張ること。それこそが政治家。失敗することも当然あるということだと思います。「摩擦を恐れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥しだ。でないと君は卑屈未練になる。」電通鬼十則の吉田秀雄社長がおしゃったこの言葉が、私の大好きな言葉です。日本の発展に向けて、子供たちの未来に向けて、政治家として誠意を持って誠実にこれからも努力をし、進んで参る気持ちです。